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AI ホワイトペーパー~AI 新時代における日本の国家戦略~(案)-2023.03.30

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要約

『AI ホワイトペーパー ~AI 新時代における日本の国家戦略~(案)』のホワイトペーパーの概要を要約しす。

このホワイトペーパーは、日本がAIを積極的に利用し、AIの規制に関して新しいアプローチを取ることを奨励しています。また、教育の分野でAIを活用するための指針を整理することを提案しています。

AIが日本での導入状況が中国、アメリカ、および欧州主要国よりも低いことを認識し、責任を持つチーフデジタルオフィサー(CDO)の設置を奨励しています。さらに、AIのガバナンスのあり方について議論し、必要に応じてガイドラインを策定することを提案しています。また、AIに適した人材育成に向け、企業のAI人材の活用・処遇に関する取り組みを支援することを目指しています。

AIの規制に関する新たなアプローチについても提案しています。重大なリスク分野に関する法規制を検討し、海外で法的対処の議論が進むリスク分類を分析することを提案しています。これには、人権侵害や安全保障などの分野が含まれます。また、AI規制の議論に積極的かつ戦略的に参加することを提案しています。

教育分野におけるAIの利用に関しては、AIネイティブ時代を見据え、公教育のカリキュラムの中でAIリテラシーの向上を具体的に位置付けることを提案しています。さらに、生徒による大規模言語モデルの利用の可否などAIの取り扱いに関する指針を策定することを提案しています。

このホワイトペーパーは、AIの活用に関する日本の戦略を明確にし、AIを最大限活用することで、日本の経済発展に貢献することを目的としています。

1.AI 新時代を前提とした新たな AI 国家戦略の策定の必要性

(1) ChatGPT による大規模言語モデル(LLM)の社会実装の衝撃

人工知能の新たな時代が始まった。 米国の OpenAI 社が 2022 年 11 月に提供開始した ChatGPT は全世界に大きな衝撃を与えた。大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)の人工知能(AI)によるチャットサービスがスマートフォンなどを通じて誰でも無料または廉価で使えるようになった。プログラミング言語に触れたことがない一般人でも、まるで自然人と会話しているかのように、高度な AI の恩恵を瞬時に受けられる時代が突如到来した。

我々のプロジェクトチーム(PT)の場で大規模言語モデルが社会実装された影響について問われた識者らは、その計り知れない影響についてこう評した。

  • 「これまでのホワイトカラーの仕事のほぼすべてに影響が出る可能性が高い」1
  • 「キカイを使い倒しコンテンツが無限に生み出される時代に」2
  • 内燃機関半導体、インターネットの発明に匹敵するようなことが目の前で爆発的な速度で起きている」3
  • 大規模言語モデルに代表される「基盤モデル」4

と言われるタイプの AI の進化と社会実装は、新たな経済成長の起爆剤となりうる。早くも、私たちの日常生活やビジネスにおけるAIの使用場面は爆発的に増えている。文章の添削や要約はもちろんのこと、アイディアの提案、科学論文の執筆、プログラミング、画像生成に至るまで、新しい使われ方が次々に「発見」されつつある。テキスト文章のみならず、画像や音声など複数のデータ種を組み合わせ、または、関連付けて処理できるマルチモーダルな機能も登場し、その用途はさらに広がっている。また基盤モデルと連携した第三者開発ツールである API が公開されて以降、国内外の数多の企業から自社サービス・製品に大規模言語モデルを組み込んだ新商品の発表が相次いでおり、今後こうした分野での起業も次々に生まれてくることが予想される。AI の進化により、生産性が急速に向上し、働き方が劇的に変化し、言語の垣根が低くなるなど、様々な社会経済システムの設計の前提条件が根本的に変わろうとしている。ここ数ヶ月で起きている世界的な変化は、まさしく「AI 新時代」とも呼ぶべき想定外の時代の到来を示している。わが国の経済社会はこの変化にどのように対応していくべきか。新たな国家戦略が求められている。

(2) 社会受容に向けたルール整備を進める欧米

より強力なAIは、より大きな社会的リスクももたらしうる。 データ等に起因する誤りやバイアスの問題に加えて、大規模言語モデルの AI には、誤った情報が知覚されにくい形式で伝達される「もっともらしい嘘」が混ざるリスクがある。また、画像生成や音声合成などの技術進歩により、真贋の判別が困難な高度なフェイク情報の拡散など悪用のリスクも高まっていくことが危惧される。AIを用いたプライバシー侵害、サイバー攻撃や軍事利用の懸念なども深刻化している。こうしたリスクは AI の進化と普及に伴って日々拡大しており、欧米諸国では、AIの開発促進と並行して、社会受容に向けた規制論議が加速している。例えば、EU では、2019 年頃より、AI による人権や人の健康・安全等のリスクを 4分類し、リスクの程度に応じて規制内容を変えるとの基本線に基づき法案作成が進められてきた。米国でも同じ頃より、AI による人権侵害や安全保障上のリスクを念頭に置いた超党派での法案検討が行われてきた。その過程で、米国・EU は連携し協力しながら、同じ価値観に基づき、相互乗り入れしやすい法制度を志向し始めた。中国でもネットワーク安全法、データ安全法など複数の具体的な法規や管理規定が既に施行され、AI に関する厳格な規律を課そうとしている。これに対し、日本では 2019 年に、AI に対して、非規制的で非拘束的な枠組みをもって臨むことが重要だという基本的な考えが示されて以降、イノベーションを阻害しないよう AI の開発・利用にはなるべく法規制を課さず、ソフトローによって官民共同で政策ツールを策定していく方向での議論が重ねられてきた。しかし GPT など基盤モデルの開発が進展し、AI の社会実装が想定外の速度で進む現在、これまでの政策論議の前提が大きく変わりつつある。国境を跨いだ AI の利活用が進む中で、国際的な規制論議との大きな乖離は日本の AI 市場の孤立化を招く可能性が高く、彼我の距離感を問い直すべき時期に来ている。

(3) AI 新時代に即した新たな AI 国家戦略を

かねてより AI 開発・利活用における我が国の出遅れを指摘する声は多かった。国際的な AI 関連の論文数5においても、企業における AI の導入比率においても、米中欧の後塵を拝している状況が続いている。また、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が昨年 9 月に発表した世界デジタル競争力ランキングにおいて、調査対象の 63 カ国中、日本は 29 位に留まった。特に、「データの利活用」などの項目で最下位となるなど、産業に関する区分の指標の多くで低位にとどまっている。「国力に見合った投資ができていないのでは」と識者たちは懸念する。一方、世界では AI 分野への大規模な投資が加速している。特に GPT のような基盤モデルを活用した AI では、従来の開発手法による AI モデルに比べて、計算資源やデータの規模が性能を左右する度合いが大きい。今後は巨大な資金やデータや人材等の投資資源を持つ者が、ますます強者になっていくスパイラルが強まる可能性が高い。競争環境が熾烈化する中で各国政府の動きは早い。米国は今年 1 月に AI の計算資源やデータを提供するプラットフォーム整備に 26 億ドル(約 3400 億円)を投じる方針を表明した。英国も本年 3 月に英国版の大規模言語モデルの開発も視野に次世代スーパーコンピューターの開発・整備等に 9 億ポンド(約 1450 億円)を投資することを発表。インド政府も今後 3 ヶ所の AI 研究センターの設立や世界最大規模のデータセットの構築をアナウンスした。我が国においても、2019 年に政府の総合イノベーション戦略推進会議が「AI 戦略 2019」を策定し、「AI-ready な社会」の実現にむけて、人材育成、研究開発、分野ごとの社会実装、ベンチャー支援など多岐にわたる政策を国家戦略としてパッケージ化した。その後も「AI 戦略 2022」まで毎年、AI に関連する政策的取り組みの全体像と工程管理がアップデートされ、政策推進とモニタリングの原動力となってきた。しかし、現状では新たな「AI 戦略 2023」の策定は予定されておらず、本年度は、内閣府がとりまとめる「統合イノベーション戦略」の一つの章において政府の AI に関する政策的取り組みの進捗を紹介する予定とのことである。非連続に進化する先端技術の将来を正確に見通すことは容易ではない。しかし、それでも新たな技術環境に適した政府の目的と目標とコミットメントを明確にし、様々な関係者の理解と協力の下、柔軟かつ戦略的に国家資源を投下しなければ、時代の転換期に取り残されてしまう。この新たなテクノロジーの潜在力を、日本の成長と社会課題解決に繋げていかなければならない。

そこで、以下提言する。

  • 大規模言語モデルなど基盤モデルの AI の進化と社会実装の急速な進展に照らし、本ホワイトペーパー記載の各種提言を踏まえ、AI 新時代にふさわしい新たな国の基本戦略を策定し、新たな政策の立案とこれまでの取り組みの見直しを早急に行うこと。
  • 新たな国家戦略の策定にあたっては、諸外国に比して国際的な競争優位を図る内容と規模での取り組みが必要である。AI 政策に関する司令塔を定め、その体制拡充を図りつつ、国内外の有識者や民間事業者の知見も積極的に取り込み、研究開発、経済構造、社会基盤、人材育成、安全保障など幅広い観点から早急かつ総合的に施策を検討すること。

(4)本提言の位置づけ

本提言は、上述の問題意識を踏まえ、自由民主党デジタル社会推進本部の下に本年 2 月 3 日に設立された「AI の進化と実装に関するプロジェクトチーム」(座長:平将明)が作成したものである。本書の作成にあたっては、AI 分野を牽引する有識者から合計 7 回のヒアリングを実施(別紙 1)し、AI 新時代に求められる施策を適切にデザインするための情報収集を実施した。また、AI 分野に高い専門的知見を有する弁護士など外部専門家から構成されるワーキンググループ(別紙 2)より、本提言における論点整理や執筆にあたり多大な助力を得た。

2.国内における AI 開発基盤の育成・強化

(1) 基盤モデル等のAIモデル開発能力の構築・強化

AI の社会的影響力が急速に増大する中、我が国としても、基盤モデルを含む AIモデルの研究・開発に関する政策目標とアプローチをあらためて明確にする必要がある。まずは、先行している海外の基盤モデル AI を土台とし、またはパートナーシップを組む形で、国内でも基盤モデルを用いた様々な応用研究・開発を加速させるべきである。商品やサービスを積極的に開発・展開する過程で、国内の事業者や研究者が効率的かつ早期に先端技術に対する知見を蓄積することが期待できる。日本の強みを活かした新たなユースケースやアプリケーションを開発し、それを海外に展開することも考えられる。単なる利用者に留まることなく、海外における AI モデル開発の関連コミュニティに日本の企業や研究者が関与できれば、人材育成にも資する。一方、海外事業者による基盤モデルの研究・開発が大きく先行している現状において、短期的には、競争力を有する独自の基盤モデルを国内リソースのみで開発することは容易ではないとの見立てについては、PT 内外で意見聴取した多くの識者の見解が一致している。しかし、基盤モデルを用いた AI の用途と社会的影響力が今後益々大きくなっていくことであろうことに鑑みれば、応用研究だけでなく、我が国における基盤モデルに関する基礎的な技術開発能力の構築・強化に今後も取り組んでいく重要性は極めて高い。若手研究者・技術者の育成の観点からも幅広く基盤モデル AI の基礎研究等に対する継続的な投資と支援にも並行して取り組んでいく必要がある。さらに、基盤モデル以外の AI モデルの研究・開発においては、日本が技術的優位性を有している分野も少なくない。例えば、顔認証や物体識別など画像認識分野では国内企業が競争力ある技術を有している。こうした分野については引き続き、日本が国際的にイニシアティブを持って開発を進める環境を整備することが重要であり、国際的に活躍できる AI 人材の育成が急務である。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 海外プラットフォームの積極的な利活用を通じて、基盤モデルに関する国内の知見を蓄積し、応用研究・開発を加速させること。
  • 並行して、国内における基盤モデル等の基礎的な技術開発能力の構築・強化に向け投資と支援を継続すること。
  • デジタル人材育成については AI 戦略 2022 に基づく人材育成の施策を着実に進めると共に、基盤モデル時代の開発フェーズのみならず利用フェーズにも着目した国際競争力ある人材育成に向け、人材関連施策の更なる強化を検討する。
  • AI に関する情報を収集し、課題を抱える企業と優れた技術的素養や研究人材の接点となる「AI ハブ」を創設し、コミュニティ形成を支援すること。

(2) データ資源の集積と連携

AI が優れた性能を発揮するためには、十分な量と質のデータによる学習が必要となる。しかしながら、我が国では前述の IMD のランキングが示しているように、政府の統計データなどデータ資源の集積が進んでおらず、データの利活用がまったく不十分である。また、国民皆保険のもとで蓄積された高品質な医療データなど、本来日本が国際的な強みをもつ分野においても、システムごとにフォーマットが統一されていないなどの理由で連携ができず、十分に利活用できない状況が続いてきた。近年、基盤モデル AI に関連して浮上している重要な課題が、学習に用いられたデータの偏りによる文化的・地域的な格差(バイアス)である。例えば、海外の画像生成 AI サービスを利用して日本に関する絵を生成しようと思っても、日本の映像資料や文化的背景など日本に関するデータが十分に学習されていないことにより、なかなか思い描く絵に辿り着けない事象などが報告されている。国際的に日本に関連する処理において AI の性能が劣ることとなれば、その影響は日本の経済競争力に直結しうる。早急にこうした現状を是正する必要がある。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 今年予定されている政府の「包括的データ戦略」の次回見直しにおいて、AI による官民データの利活用を推進する環境づくりに取り組むこと。その際、標準となるデータモデルの整備をさらに推進し、データの属性や構造の明確化を図ること。
  • 政府や地方公共団体等が保有している公共データにつき、基盤モデルでの利活用を前提に使えるようにアーカイブ化を進めると共に、第三者提供のルールや形式等を整理すること。
  • データバイアス問題に対応するべく、国内外の基盤モデルについて、適切な日本関連データを積極的に提供するなど、日本に関連する学習データの比率を高めていくこと。また政府主導で日本語コーパス(対訳用に日本語文章が構造化されたデータベース)の作成・利活用を推進すること。
  • ソフトウェア開発業務の効率化やデジタル人材不足への対応等の観点から、ソースコード生成 AI の開発と実用を促進するため、学習データの充実と利活用を図ること。

(3) 計算資源の強化・活用

大規模言語モデル等の基盤モデルは、高性能の AI 製品やサービスを創出する源泉となるものであるが、その構築には膨大な計算能力を必要とする。また、基盤モデルの利用拡大に伴い高性能半導体の需要も高まっていくことが予想される。特に、近時の研究によれば、Training FLOPS という尺度において 1022~1024 という巨大な計算能力を備えた段階で基盤モデルの性能が劇的に向上することが知られている。しかし、そもそもこれだけの規模の計算資源を提供できる主体は極めて限られている。また、規模に応じて異なるもの、一回の学習に数ヶ月以上の期間を要することも珍しくなく、また優れた基盤モデルの構築には、試行錯誤を重ねながら繰り返し学習サイクルを回す必要がある。こうした基盤モデルの特性を考えると、必要とする計算資源もそのコストも特に大規模となるため、日本において企業や研究機関が独自に確保することは容易ではない。他方で、AI 研究や新たな製品・サービスの開発に際して、一定期間、試験的に巨大な計算資源にアクセスし、基盤モデルの利活用の可能を探るニーズは高い。政府が国の研究機関等のリソースも活用して今後のイノベーションと経済成長を支える社会インフラの一部として国内における計算資源の整備・拡充を支援する意義は大きい。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 国立研究開発法人産業技術総合研究所における「AI 橋渡しクラウド」の取り組みなどを参考に、基盤モデルの構築・利活用に要する膨大な計算資源についての国内基盤整備と拡充を進め、関係する官民の各主体が共有して活用できる新たな枠組を整備すること。
  • エッジコンピューティングの更なる活用の可能性なども踏まえ、AI に関連する計算資源を安定的に確保する観点から半導体産業の育成を強化する。

特に今後急速な需要増が予想される高性能半導体などの設計能力や研究開発についても支援を強化すること。

3.行政における徹底した AI 利活用の推進

(1) 国による徹底した AI 利活用

欧米等の行政機関では、政府自体が主要なデータ供給源ということもあり、機械学習や自動推論など様々な AI が導入されつつある。そのユースケースは幅広く、わが国の行政機関における AI 導入がまだ道半ばであることに鑑みれば、参考となる多くの示唆に富んでいる(別紙 3 参照)。
行政分野での徹底した AI の利活用は、行政サービスの質向上と効率化の観点から計り知れない社会的便益をもたらしうる。AI の導入を通じ、より個別最適化された行政サービスの提供や、より精緻な政策の効果測定などが可能となり、本格的な EBPMの可能性が広がることが期待される。また、人口減少による働き手不足と厳しい財政事情に直面する我が国においては、AI を用いて無駄を排し、人による作業をできる限り効率化していく必要性は益々高まっている。また、国が率先して幅広い AI の利活用に挑戦する姿勢は、地方自治体や民間事業者においてもリスクをとって新たな AI プロジェクトに取り組む後押しとなる。特に内部事務や国民向けサービスにおいて AI の利活用可能な場面は多い。基盤モデルなどを用いた新たな AI の利活用の可能性について、国がローンチカスタマーとなることで官民の垣根を超えた気運醸成を進め、新たな AI エコシステムのプレイヤーとして存在感を発揮することが期待される。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 諸外国の政府機関における AI に関する先進的な活用事例及びそのためのガイドライン等を調査し、我が国における今後の AI 導入の計画や実施に活かすこと。
  • 基盤モデルの AI を行政サービスに活用する具体例として、短期間で成果の見える複数のパイロットプロジェクトに直ちに着手すること。

(例)
- 国会答弁の下書き作成、法制執務補助、政府統計の分析支援、議事録作成など、これまでに集積された資料等との整合性を確保しながら行う事務
- 申請書類の不備チェック、規制や制度に関する市民からの問合せ対応に係る事務

  • 行政における AI 活用のプロジェクト発掘のためのハッカソン・ビジネスコンテストを開催すること。
  • 行政において基盤モデルをはじめとする各種 AI の徹底した利活用をさらに加速させるための指針を策定すること。
  • AI を活用したユースケースを蓄積・分析・共有し、関係機関での AI 導入等を支援する専門チーム(AI 導入支援チーム)を政府内に設置すること。

(2) 国家戦略特区を活用した「AI・スマートシティ」の推進支援

進化する AI の恩恵は、地方自治体における市民生活の質、都市活動の効率性等の向上を図る上でも重大な貢献をもたらしうる。自治体行政サービスはもちろんのこと、運輸交通、医療・介護、農業、発電、金融など市民生活に関わるあらゆる場面で行政、民間事業者、市民が連携して AI 実装の可能性を真剣に模索することは、財政難と人口減少が進む地方都市においてこそ、大きな効果を発揮しうる。また、このような AI・スマートシティ構想を進める上では様々な規制緩和を通じた政策的恩典が認められる特区制度の活用を有力な選択肢として奨励していくべきである。
現行のスーパーシティ型国家戦略特区は、先端的サービスを「概ね 5 分野以上」と要請されているが、新時代の AI・スマートシティは、むしろ 1~2 分野特化型が見込まれ、少数分野でも AI を活用して大きな社会的効果を発揮する提案であれば、積極的に支援できることが望ましい。また、改革すべき規制を特区申請の事前に挙げることを求めている点も、随時進化する AI サービスの特性に鑑みより柔軟な運用を可能とすることが望ましい。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 地方自治体による AI を活用したスマートシティの取り組みを、国が強力に支援すること。また、現行のスーパーシティ型国家戦略特区やデジタル田園特区の制度、運用を AI の利活用により相応しいものとする観点から、改善すべき点がないかを確認し、あれば早急にこれを改善すること。

4.民間における AI 利活用を奨励・支援する政策

近時の研究によれば、大規模言語モデルの AI の普及により影響を受ける度合いは職種によって大きく異なる。AI と技能の重複度合いが高い職種においては、作業の迅速化が進む一方、一定の労働移動が生じる可能性が高い。あらゆる事業者において、AI新時代が自社のビジネスにもたらす影響について真剣に問い直すべき時期が到来している。ところが、前述のとおり、日本の民間事業者における AI の利活用は諸外国に比べ大きく出遅れている7。特に多くの中小企業では、コストや人材不足などの問題から諸外国と比べてもまだ十分に AI 導入が進んでいない。海外のビジネスが新たなAI環境に適合すべく自社ビジネスの変革に取り組む中、こうした状況を放置することは、日本の経済競争力の大きな制約となりかねない。他方、経済構造から社会構造まで幅広い分野での著しい変化が予想される AI新時代の到来は、新たな商品・サービス開発の絶好機ともいえる。AI を活用して事業の採算性を改善するチャンスでもあり、また、今までは考えられなかったような次世代のビジネスが多く生まれてくることが予想される。経営者の意識変革を通じて、柔軟な思考をもった若手人材を鼓舞し、リスキリングを通じてその能力や可能性を引き出し、産業の発展や競争力の強化に結びつけることが重要である。
そのためにも、政府として AI の利活用に関する経営陣の不安を軽減し、安心・安全な利活用に向けた環境整備を進めるべきである。企業における AI ガバナンスのあり方や、データの活用や管理の最適化に関する議論を深め、利活用に向けた企業の取り組みを奨励・支援していくことが求められる。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 基盤モデルの AI が様々な国内産業に与える影響に関して早急に調査を行うこと。
  • AI を活用した様々なスタートアップや新規事業の創出を奨励すること。

特に中小企業においては AI 利活用による生産性向上などの恩恵を享受する前提である IT システムのクラウド移行加速を推進・支援すること。

  • 一定規模以上の民間事業者や公的機関において、AI 利活用やデータの取り扱いに責任をもつチーフデジタルオフィサー(CDO)の設置を推奨する。7 民間調査によれば、日本における AI の導入状況は、中国・米国・欧州主要国を下回っている。(ボストンコンサルティンググループ(2018)「企業の人工知能(AI)の導入状況に関する各国調査」)
  • 民間事業者のリスク管理だけでなく、創意工夫や挑戦を後押ししていくような AI ガバナンスのあり方について議論を深め、必要があればガイドラインなどを策定すること。
  • AI 新時代に適合した人材育成に向け、リスキリングを含めた企業の AI 人材の活用・処遇に関する取り組みを支援すること。

5.AI 規制に関する新たなアプローチ

(1) 重大なリスク分野に関する法規制の検討

前述のとおり、EUと米国では、2019 年ごろから人権侵害や安全保障などいくつかの重大なリスク分野につき具体的な法規制の検討を進めてきた。大規模言語モデル(LLM)など基盤モデルのAIの進化が、重大な社会的影響力を及ぼすようになる中で、悪用による社会的リスクもこれまで以上に高まっていくことが想定され、規制論議はますます加速すると考えられる。これら海外で法的対処の議論が進むリスク分類を大まかに整理すると、主に以下の 3 類型が挙げられる。

  • 「人権や人の健康・安全等を侵害するリスク」

AI が犯罪に利用されるリスク、子どもや障がい者などの脆弱性に付け込むことに利用されるリスク、権威主義的国家のように国民監視に利用されるリスク、プライバシー侵害のリスク、など。

  • 「AI による安全保障上のリスク」

AI の軍事利用リスク、サイバー攻撃に利用されるリスク、データや技術の国外流出リスク、情報操作により国の安全保障を脅かされるディスインフォメーションのリスク、諜報機能のある AI 商品の自国市場への流入のリスク、など。

  • 「民主主義プロセスへの不当介入のリスク」

AI 技術を使って外国勢力等が選挙に不当に介入するリスク、歴史認識や文化などの虚偽情報の流布により世論をあらぬ方向に煽るリスク、政治家や政府関係者を装ったディープフェイクで人々の行動を歪めるリスク、法案に対する大量のコメントを AI で寄せるリスク、など。

一方、我が国においては、2019 年に統合イノベーション推進会議が「人間中心のAI社会原則」を策定して以降、ガイドラインなどソフトロー中心のガバナンス構築を進めてきた。AI一般に着目したハードローの規制は検討されておらず、医療や交通などの各分野の法令により個別に対応している状況が続いている。しかし、今後登場するAI製品・サービスがますます国境を跨いで利活用されるようになること、現状で先行する基盤モデルが主に欧米製のプラットフォームであること、AI の軍事利用などの安全保障上のリスクの高まっていることなどに照らせば、日本が欧米と全く異なる規制の枠組みをあえて選択することのリスクはいずれ便益を上回るようになる。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • EU、米国、中国など諸外国の AI 規制の検討状況を分析し、①重大な人権侵害、②安全保障、③民主主義プロセスへの不当介入など、AI 新時代において法規制を含む対策が必要と考えられる分野につき具体的な検討を行うこと。
  • 日本が議長国を務める本年の G7 サミットを含め、様々な国際協議の機会を活用し、各国と連携を図りながら AI 利用を巡る国際的なルール作りの議論に積極的かつ戦略的に参画すること。

(2) AI 新時代への臨機応変な規制適応

我が国の法令等には、AI を含むデジタル技術の活用を阻害する要因として、書面、目視、常駐、実地参加等を要件とする「アナログ規制」が存在してきたため、現在デジタル庁では横断的な洗い出しを行い、法令の一括改正等に向けた作業を進めている。これらのアナログ規制の見直しは、AI を用いた画像認識・診断やビッグデータ分析等を通じて一層の AI 技術の進展をもたらし、それが更なる規制の見直しに繋がるという好循環を通じて、新たな成長産業が創出される効果をもたらすことが期待される。このほか、現行の規制緩和手続としては、いわゆるグレーゾーン解消制度や、規制のサンドボックス制度が導入されており、一定の活用実績がある。しかし、特に AIを利用した新規事業を展開する場合には既得権益と衝突することも多く、規制緩和を求めても政治的摩擦などの様々な障壁が立ちはだかる。日本国内で現行規制の様々な障壁が取り除かれなければ、海外では次々と新たなサービスが生まれる中で、結局は日本の競争力の低下を招くだけである。AI 技術の急速な進展のスピードに対応できるよう、これら現行の規制緩和手続のスピードと使い勝手をさらに向上させる必要がある。また、法令のアップデートは非常に重要である一方、AI のように進展のスピードが速い分野においては、ハードローだけで隙間なく対応することには限界がある。したがって、ガイドラインやスタンダードの策定といった手法を組み合わせ、これらを技術の進化や用途の拡大に応じてタイムリーかつ柔軟にアップデートすべきである。なお、特に生成系 AI をめぐっては知的財産法の解釈に関する議論も注目されている。これは政府による規制とは異なる問題であるが、AI 技術の進歩を促進しつつ、濫用的な使用への歯止めを防ぎ、我が国の強みであるコンテンツ産業がより発展できるよう、ガイドライン等を積極的に活用するといった工夫も考えられる。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • AI の活用可能性に係る技術検証を通じて得られる情報を各省庁や民間に横展開することで、デジタル原則に基づくアナログ規制の見直しがさらに促進される仕組みを確立していくこと。
  • 規制改革会議、サンドボックス、グレーゾーンなど現行の規制緩和手続のスピードと使い勝手を向上させ、事業者が既存の規制に委縮せず新規事業にチャレンジできる環境を整備・発展させていくこと。
  • 生成系 AI に関する知的財産法の解釈を巡る議論につき、AI 技術の進歩を促進しつつ、濫用的な使用を防ぎ、わが国の強みであるコンテンツ産業がより発展できるようガイドライン等の策定を検討すること。

(3)教育分野における AI 利活用に関する指針の整理

かつて、インターネットや検索サービス等の普及が学校教育に影響を与えたが、ChatGPT のような基盤モデル AI が及ぼす影響はそれ以上となる。インターネット等によって、生徒は大量かつさまざまな情報に容易にアクセスすることができるようになり、学習の手法も多様化した。大規模言語モデルの AI はそれらの点で更に発展した機能を発揮するため、学習手法が更に多様化するといった良い影響もあたえる。しかし、一方で作文などの課題を AI を使って一瞬で完成させるようなことが容易になることから、生徒によっては学習意欲を損なう要因となることも考えられる。海外では、小学校で大規模言語モデルの利用を禁じるといったさまざまな動きがあるが、我が国の教育行政においては、このような AI の取り扱いに対して定まった方針は未だ確立されていない。また、学習内容そのものについても、AI の進展を踏まえた対応が必要となることも想定される。

上記を踏まえ、以下提言する。

  • 日常の社会経済活動における AI の積極的な利活用が当たり前となる AIネイティブ時代を見据え、公教育のカリキュラムの中で AI リテラシーの向上を具体的に位置付けること。
  • 上記を念頭に、公教育の現場における生徒による大規模言語モデルの利用の可否など AI の取り扱いに関する指針を早急に策定すること。

以上